鍋島藩窯で作られた色鍋島の瓶子。瓶子とは、御神酒を入れるための瓶で、神前に一対で供えるものである。鍋島藩窯は、佐賀藩が将軍家等に献上する最高水準の磁器を生産した窯である。献上品として厳しい規格に沿った皿などを主力製品として生産する一方で、将軍家、鍋島家などからの特別な注文品を制作した。
本作品は、色鮮やかな上絵具で、胴部表に松竹梅、鶴、亀文を、裏に橘文をあらわす。吉祥文様である松竹梅文に鶴・亀文の組み合わせは、江戸時代には、小袖や打掛、漆工品によく描かれたもので、祝い着や婚礼調度品によく用いられていた。本作品もおそらく将軍家あるいは大名家の婚礼のために特別に誂えられたものと考えられる。絵付技術の高さは、元禄時代頃の盛期の鍋島焼に通じる。八代将軍徳川吉宗(在位:1716-1745)の時代になると、倹約令により色鍋島は華美とされ生産がほぼ終息することから、本作品はそれ以前の、17世紀末から18世紀初期までに作られた可能性が高い。古美術商の故坂本五郎氏から寄贈されたもので、同様の文様で同形の瓶子(未指定品)も一緒に寄贈された。世界的にも他に類品は発見されておらず、瓶子であるという特性から、元は一対の作品であったと思われる。また、色鍋島の伝世品のなかで瓶子はこれら二点しか発見されておらず、非常に稀少性が高い。
大倉集古館の所蔵品である、鏑木清方(1878~1972)筆「七夕」(昭和4年)の左隻に、三宝の上に本作品と同様の作品が一対で祀られた形で描かれていることが、近年偶然に発見された。