毛利家に伝来した高麗時代の螺鈿の経箱。蝶番(ちょうつがい)と鍵、側面には遊鐶があるが、日本で取り付けられたと考えられている。側面の一方に施され「黄二」(『黄』は千字文の第四字目)の文字が、この箱が揃いの経箱のひとつであったことを物語っている。蓋の上面には、四方に伸びた枝葉によって方形を成す菊花文が格子状に配され、中央に「大方広仏華厳経」の文字が表されている。身の側面は襷文と連珠文で縁取られ、その内側に立菊文が蓋面同様、格子状に配される。螺鈿は全て、薄くごく小さい貝片で表され、菊花文も小ぶりで控えめな印象である。その形は同時期の高麗青磁に施された象嵌の花文とも酷似している。高麗時代特有の、繊細で気品のある文様表現である。箱の一部には過去に火にあたった痕跡があり、この箱の数奇な伝来がうかがえる。