口を閉じた吽形〈うんぎょう〉の狛犬。その堂々たる存在感から、いずれ名のある大社のものであったろうと想像されるが、伝来は不明で、対であった開口する阿形〈あぎょう〉像の所在もわからない。
狛犬の起源について正確には判明していないが、中国において仏菩薩像を守護する役割をになっていた獅子一対の存在や、正倉院宝物にも遺品のある獅子頭などとも無関係ではないだろう。また、自然崇拝に端を発した日本の神信仰のなかに人格神の概念が入るにしたがい、神の住まいともいうべき社殿内に、神宝として調度品が持ちこまれる。そのなかに魔よけの意味を持った獅子・狛犬の形をした御簾の重し(鎮子)があったようだ。これが独立し、社殿内や縁側等に置かれるようになったものともみなされる。
本像は真正面に顔を向けて蹲踞する古式の狛犬で、頭上に一角をいただき、犬歯および上歯を剥き出して、唸り声をあげるかのような迫力ある表情を見せる。眼窩が落ちくぼみ、たてがみが体に密着して流れる点は平安時代の風をのこすものであるが、踏ん張った足は太く逞しく、皮膚の内部の筋肉や骨格が浮かび上がる現実的な表現は鎌倉時代の作例に通ずるもので、その制作期は鎌倉時代も早い頃と考えられよう。