右隻に黒い南蛮船とにぎやかな日本の港町を、左隻に白い唐船と中国の港における積荷の陸揚げや貴人の邸宅を表わす。南蛮屏風と呼ばれるジャンルは室町時代に流行した唐船図をもとにして誕生したが、日中の情景を一図に表わした初期の作例は少ない。そのため本図は、このテーマの成り立ちを知るうえで大きな意義がある。その作者は、落款や印章はないものの、人物や樹木の表現から判断して狩野孝信(1571~1618)と考えられ、その制作は、表現様式の分析から慶長年間(1596~1614)の半ばごろが有力である。孝信は、織田信長や豊臣秀吉に仕えた永徳(1543~1590)の次男、そして江戸幕府の御用絵師となった探幽(1602~1674)の父で、時代の転換期に流派を支えた狩野家の実力者。ほとんどの南蛮屏風が作者と時代を確定できないなかで、絵師と年代が判明する本図は、この主題の歴史を知るために基準となる重要な位置付けをもつ。
その画面を詳しく見れば、まず右隻では、画面の随所に描き込まれる交易品とともに、右上隅にはキリスト教のモチーフが表わされる。屋根に十字架を掲げた南蛮寺(教会)の内部には、日本人の信者や南蛮船の乗員に加えて、灰色の頭巾つき修道服をまとう宣教師が登場する。宗教は、貿易とともに南蛮人がこの時代に来航した動機ではあるが、バテレン追放令(1587)以後という事情もあってか、本図でもキリスト教の描写はかなり控え目である。このほか本図には、貿易に関するモチーフが数多く緻密に描き込まれている。右隻の大通りの店先には、タバコやキセル、色鮮やかな織物、孔雀の羽根など珍奇な品々が並べられ、左隻の港町でも、さまざまな色や形の焼き物や真っ赤な漆器、檻に入れられた麝香猫が軒先を飾る。その描写は非常に細密で、たとえば荷物の運搬に用いる茶色の箱形の入れ物・柳行李では、その竹の網目までもが再現される。また左隻の役人たちの帽子では透けた様子が線描きで表わされるなど、現存する孝信の作品のなかでも最高水準と評される描写の入念さが本図の最大の特徴である。
<畑靖紀執筆, 2025>
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