本品はキリスト教の聖画を収納する聖龕で、桃山時代に我が国からヨーロッパへ向けて輸出されたいわゆる南蛮漆器の一つである。
南蛮漆器の製作は、16世紀半ば以降、主としてポルトガルから来日したキリスト教宣教師が、祭儀に用いる聖餅箱や書見台、聖龕などを京都の漆工職人に注文したことに始まる。こうした日本製の祭儀具は、宣教師たちが帰国の際に持ち帰り、やがて本国からの注文を受け製作されたと考えられ、箪笥や櫃などの調度品とともにおびただしい数の漆器が交易品として海を渡った。
本品は、近年ヨーロッパから里帰りしたもので、聖画を収める聖龕としては国内に伝存する類品の中でも、最大のものである。唐破風(からはふ)状の屋根をもち、正面の観音扉の表裏には金銀の蒔絵と螺鈿を用いて、幾何学文で縁取られた空間を隙間なく埋め尽くすように草花鳥獣文様をあらわす。内部に収められた銅板油彩画には、中央に眠れるキリストを見守る聖母マリア、左に聖ヨゼフ、右に口に人差し指を当て十字を持つ聖ヨハネが描かれ、絵の下部にはラテン語で「われは眠る、されど心は目覚めて」の一文が記されている。
入念な漆芸技法を駆使して豪華な装飾をほどこした優品であり、大航海時代における国際交易の様相を反映した南蛮漆器の代表作として貴重である。