能の演目『山姥』に用いられる。『山姥』は、一人深山に棲んで春は花を尋ね、秋は月を求め、冬は雪を誘って山を廻るが妄執を離れられない鬼女である。大自然の中に生きる山姥の苦悩を見る深い内容である。
この面は非常に強い表情で、特に歯茎を表わしている点が珍しい。大和猿楽四座すなわち観世、金春、宝生、金剛の山姥はこれほど怪異な容貌でない。実はこの面は旧蔵者である梅若家で明治時代には真蛇とされていた。角の痕跡はないが、上歯の左右端に牙を付けていた銅釘が残っている。しかし、鼻と口の間、顎には植毛孔を埋めた痕跡があり、X線CT調査によると頭にも植毛孔の跡が見える。当初は悪尉として作られたのだろう。和歌山・根来寺にはこの面とよく似た悪尉がある。ただし悪尉には髪はないので、定型化する前の、今は残っていない形の面だったのだろう。
彫りが深く、迫力があり、能面が作り始められたころ、南北朝時代の作と見られる。付属の面当てには「真蛇 赤鶴作」と墨書されている。世阿弥が「鬼の面の上手」と評した赤鶴の真作は知られず、この面の作者は不明だが、能面を代表する屈指の名品と言うことができる。