黒・紅・黒・白と、松皮菱形の十一段の段替に染め分け、それぞれの段の中を、刺繡と摺箔による細かな文様で埋め尽くした小袖。江戸時代初期に流行したという「地無し小袖」の名称そのままに、地が見えないほどに菱つなぎや枝垂桜などの小さな文様が詰められている。このように地色を黒・紅・白の三色を基本に絞り染で染め分け、そこに刺繡や摺箔で小さな文様を配する小袖は、流行したと考えられる時期の元号を冠して「慶長小袖」と総称されるが、通例の慶長小袖では地色が不定形な曲線で染め分けられるのに対し、この1領では、段替という前時代から続く幾何学的な構成が守られている。身幅が広く袖幅が狭い形状も古風であり、慶長小袖の中でも早い時期、慶長から元和ごろの作例とみなしうる。旧貼札から、岡山藩を治めた備前池田家の伝来品と判明する。