山越阿弥陀とは、山のかなたに影現し、往生者を迎える阿弥陀の姿を描いたもの。日本特有の主題であり、密教の月輪観(観想(かんそう)というイメージトレーニングの一種)をベースに、仏の満月の尊容のイメージを重ねたのが起源と思われる。そのため、正面性の強い構図が原型と考えられるが、本図はより絵画的な情景描写を特徴としており、山間から今まさにこちらへ来迎しようかという場面を斜側面観で描く。
「やまごえ」なのか「やまごし」なのか悩ましいが、山越阿弥陀の成立には日本古来の山上他界観(さんじょうたかいかん)も影轡しており、「やまごし」の方がよいと考える。つまり、山の上の他界に向かう死者の魂を待ち受ける阿弥陀の姿と考えるわけである。その意味では、本図のような表現は本来の意味がやや薄れてきている印象を受ける。
なお、巧妙に修理されているが、阿弥陀の胸と右掌には画絹の欠失があり、五色(ごしき)の糸が取り付けられていたと考えられており、実際に死にゆく者の枕頭で使用されていた可能性が高い。朝日新聞社創立者の一人、上野理一(うえのりいち)の旧蔵品で、戦前から名画の誉れ高かった。