経典を入れる経箱。直方体の身に、四側面を斜めにカットした蓋を載せるという、シャープな器形に作られている。総体を黒漆塗りとし、蓋身とも表面全体に螺鈿で菊唐草文と牡丹唐草文を表わす。蓋表の意匠は、中央に菊唐草文を波状に配し、その周囲に連珠文をめぐらし、さらにその周囲に牡丹唐草文をめぐらせる構図となっており、それぞれの文様の区画を金属縒線で区切っている。蓋側面と身側面の意匠も、蓋表と同様の文様で構成されているが、身側面の下部には花菱文を襷状に配している。菊唐草文と牡丹唐草文は、花弁・花芯・葉などの部分を螺鈿で表わし、茎の部分を金属線で表わしている。螺鈿の表現は、花弁や葉の一枚一枚を貝片で一つ一つ作り、それらの貝片を組み合わせることで精緻でリズミカルな文様を構成している。身の短側面の片方に「宇」「霊」の文字を象った金銅金具を打っている。本器と同様な意匠の螺鈿経箱はいくつか存在しており、これらは大蔵経のような大部経典を入れる経箱だったとされ、短側面の文字金具もそれぞれの経箱を識別するための記号であったように考えられている。