主となる文様は二種類で、両者とも連珠とパルメット風の唐草をめぐらした円圏内に、一方は羽を大きく広げた鳳凰を向かい合わせに配し、他方は前足の片方を上げた獅子を対称にあらわしている。これらの文様の間には鹿のような動物とペガサス(天馬・羽のある馬)を織りだす。同文の錦は2旒の「蜀江錦綾幡」(N-26-1・26-2)の幡身部(上方の第一坪目)に用いられている。また、奈良・法隆寺に遺されている「蜀江錦大幡」の幡身第一坪目であったと推定される裂が、現在は額装にして保存されている。
ところで、この蜀江錦裂を仔細にみると、三方は非常に状態がよく鮮明に色が遺っているが、中央部分では表面の擦れが長方形状に認められる。擦れた部分はちょうど幡身(ばんしん)部の坪(つぼ)にあたり、鮮明な部分は幡身の縁(ふち)で挟まれていたため当初の色彩をとどめているものと推測される。ちなみに、前記の「蜀江錦大幡」は、幡身第一坪目に同種の蜀江錦が用いられていたことから、本蜀江錦裂は幡の坪裂であった可能性も考えられる。