表面は総体を黒漆塗とし、外側には金研出蒔絵、平蒔絵に銀平文、銀切金、微塵貝を交えて洲浜に松や鷺、雲霞に日月などを描く。蓋の肩から身の四角にかけて唐戸面に仕立て、面取部には微塵貝を詰め置いている。
身の正面には銀の薄板を切り抜いて銘文が表わされており、この唐櫃は正平12年(1357)に芸阿という僧が経巻を納め、住吉社へ奉納したものであることが分かる。さらに底裏にも銘文があり、唐櫃の制作に携わった蒔絵師や金工などの工人の名前が知られる。数少ない南北朝時代の漆芸品の中でも、特に重要な作例である。
また、蓋表や側面の浜松に鷺が舞い降りる図や、背面に描かれた島影に沈む月は、「住吉の松の木まより見渡せば 月落ちかかる淡路島やま」(『頼政集』)など、和歌に見られる住吉のイメージを表現したものと考えられている。制作年代の明らかな歌絵意匠の漆芸品としても、貴重な存在である。
正面銀平文銘「住吉太神宮 奉施入 金泥書写五部 大乗経唐櫃也 正平十二年丁酉八月日 施主沙弥芸阿」
底裏金蒔銘「蒔絵大工沙弥空覚 貝師沙弥本阿 同平宗清」
底裏朱漆銘「金工 平光守 同朋守 番匠大工平光家」