この太刀は、明治20年(1887)に静岡県の三島神社(現三嶋大社)から明治天皇が取り寄せたものである。拵の鞘と柄の俵鋲(たわらびょう)に三鱗紋があらわされていることから、北条家奉納と伝えられたため北条太刀と号されている。
兵庫鎖太刀は、太刀を腰に下げるための帯取(おびとり)に兵具用の鎖を使った太刀で、平安時代末期から鎌倉時代に公家・武家ともに愛好され、社寺への奉納にも用いられた。柄は白鮫着で俵鋲は三鱗紋を容彫(かたぼり)としている。鞘は銀磨地の板を伏せ、三鱗紋を線刻して鍍金(ときん)を施している。目釘(めくぎ)の座、鐔の大切羽(おおせっぱ)、兵庫鎖の据文(すえもん)は、銀地鍍金の鱗文を透彫にしている。
刀身は、鎬造(しのぎづくり)で丸棟(まるむね)、腰反りが高く、カマス鋒となっている。地鉄(じがね)は、板目肌がよく約(つ)んで乱れ映りが立ち、刃文(はもん)は刃幅の広い小模様の丁子刃(ちょうじば)を焼き、足、葉(よう)が盛んに入っている。無銘ではあるが、備前国一文字派の作と考えられる。