琵琶湖に浮かぶ竹生島に伝わったことから、「竹生島経」と通称される『法華経』の残巻。現存するのは竹生島の宝厳寺(ほうごんじ)が所蔵する「序品(じょほん)」と、東京国立博物館所蔵の「方便品」の部分のみで、ともに巻第一から分かれたもの。料紙にはさまざまな鳥、草花、蝶、霊芝雲(れいしうん)などの下絵を金銀泥で大らかに描き、金泥で界線(かいせん)を引いて経文を墨書している。巻末には松花堂昭乗(しょうかどうしょうじょう)(1584~ 1639)が、 源俊房(みなもとのとしふさ)(1035~1121)の筆跡と鑑定した識語(しきご)が加えられている。
『法華経』は、経典を書写供養する功徳を繰り返し説く内容であることから、平安時代には最も盛んに書写される経典となった。贅(ぜい)と技巧を凝らした装飾経(そうしょくきょう)として書写されることも多く、和歌集の調度手本(ちょうどてほん)のような美しい料紙装飾が写経に取り入れられた。「竹生島経」の金銀泥下絵もその一例で、写経の料紙下絵としては古い特徴が認められることで注目され、絹地や綾地に白居易(はくきょい)の詩を書写した断簡(宮内庁三の丸尚蔵館所蔵「七徳舞(しちとくのまい)」など)や、当館所蔵「十六羅漢像」(No.1)の色紙形(しきしがた)といった作例との類似性が指摘されてきた。これらの金銀泥下絵には10世紀に遡りうる作例もあるが、「竹生島経」については、繊細で均整のとれた経文に和様の完成期の書風が認められ、11世紀の制作と考えられる。
(樋笠)
『国宝 東京国立博物館のすべて:東京国立博物館創立一五〇年記念 特別展』毎日新聞社他, 2022, p.283, no.23.