孔雀明王は諸毒や災難を払い、息災、増益、請雨を祈る密教修法である、孔雀経法の本尊として信仰を集めた。本図は、現存する孔雀明王画像のなかで最も繊細優美な、平安仏画を代表する作例である。羽を大きく広げた孔雀上の蓮華座に坐る孔雀明王は、右第一手に蓮華(れんげ)の茎、第二手に俱縁果(ぐえんか)を載せ、左第一手は胸前で吉祥果(きちじょうか)を、第二手は孔雀の羽を持つ。頭光、身光を負い、正面を向いた姿で描かれる。その姿は弘法大師空海(くうかい)ゆかりの孔雀明王と共通し、当時仁和寺(にんなじ)にあった由緒ある作例にもとづいたことが明らかにされている。ただ、吉祥果を柘榴(ざくろ)形とする点が異なることから、図像の改変には高位の貴族がかかわり安産祈願を目的に制作されたこと、中国から請来された新たな図像を取り入れた可能性が指摘されている。
本図は明治・大正期の政治家、井上馨(いのうえかおる)旧蔵である。明治36年(1903)、当時35歳の原三渓(はらさんけい)(富太郎(とみたろう)、1868~1939)が一万円という破格の値段で入手し、美術コレクターとして彼の名を知らしめる契機となった作品である。原家から購入した文化財保護委員からの管理換(かんりがえ)によって、昭和43年、当館に収蔵された。
(古川)
『国宝 東京国立博物館のすべて:東京国立博物館創立一五〇年記念 特別展』毎日新聞社他, 2022, p.276, no.3.