六道のなかでも苦しみの多いとされる「三悪道」の一つ、餓鬼道を描く絵巻。餓鬼道は生前に強欲で物惜しみをした者や嫉妬深い者が堕ちる所で、つねに飢えと渇きに苦しむ。餓鬼道の様子を詳しく記す『正法念処経(しょうぼうねんじょきょう)』によれば餓鬼には三十六の相があり、人道で人知れず跋扈する者と餓鬼道で苦を受ける者に大別される。本絵巻でも、前半では人びとの日常の営みに忍び寄る餓鬼の姿をやや引いた視点から、後半では責めを受ける餓鬼をクローズアップして描いている。全体に線描は細く柔和で、少ない色数に淡い彩色が特徴的である。
「地獄草紙」(No.7)同様、後白河天皇の蓮華王院宝蔵絵の一つだったと考えられているが、江戸時代以降は岡山の豪商・河本(こうもと)家に伝来した。京都国立博物館所蔵の「餓鬼草紙」も岡山・曹源寺(そうげんじ)に伝わり、「地獄草紙」とあわせたこれらの絵巻は備前池田家に伝わった可能性が指摘されている。昭和22年に東京国立博物館に収蔵され、昭和24年、国宝保存法による旧国宝指定を経て、昭和27年に改めて新国宝に指定された。
(土屋)
『国宝 東京国立博物館のすべて:東京国立博物館創立一五〇年記念 特別展』毎日新聞社他, 2022, p.278, no.8.