たなびく金の雲と大地の渓谷の水辺に、画面を飛び出す太い幹から躍動するように枝を伸ばす巨木の檜がどっしりと根をおろす。筆者の狩野永徳(1543~90)は名門絵師一族の総帥で、織田信長(1534~82)や豊臣秀吉(1537~98)ら、天下人のもとで絵筆を揮(ふる)った。金と緑青(ろくしょう)、群青、茶の限られた色数であらわされた景観のなかで、迫り来る檜が圧倒的な存在感を放っている。
永徳が創造した「大画様式」を顕現するこの檜の描写には、戦国の世の武将の美意識が反映されているといえよう。本作にみるような幹や岩の黒々と引かれた墨線の際立つ筆勢の絵画表現を、江戸時代に出版された『本朝画史(ほんちょうがし)』は「恠恠奇奇(かいかいきき)」と評している。
画面に襖の金具(引手(ひきて))の跡が遺っているが、もとは秀吉が創立を奏請した八条宮(はちじょうのみや)家(のちの桂宮(かつらのみや)家)の天正18年(1590)12月に落成した邸宅の室内を飾った襖絵である。永徳はこの年の9月に急逝したため、最晩年の作品となる。明治期に皇室の所有となったあと、当館に引き継がれた。
(松嶋)
『国宝 東京国立博物館のすべて:東京国立博物館創立一五〇年記念 特別展』毎日新聞社他, 2022, p.280, no.15.