二つ折りにした扇紙を貼り合わせて粘葉装(でっちょうそう)の冊子とし、『法華経』巻第八を書写した装飾経(そうしょくぎょう)。表紙には『法華経』を守護する善神、十羅刹女(じゅうらせつにょ)を和装で描き、料紙(りょうし)には墨描きや木版刷りに濃彩を施した下絵が描かれている。これらの下絵は『法華経』の経意を表したものではなく、貴族や女房たちの営み、市井(しせい)の庶民の生活、草花や花鳥など多様なやまと絵を主題とする。類例のない、きわめて斬新な趣向の装飾経であるとともに、現存作例の少ない平安時代世俗画としても貴重である。
大阪・四天王寺(してんのうじ)に五帖が伝わるほか、断簡(だんかん)が諸家に分蔵される。なかでもこの巻第八は東京美術学校助教授、帝室技芸員などを務めた小堀鞆音(こぼりともと)(1864~1931)の旧蔵品。小堀鞆音は寺崎広業(てらさきこうぎょう)とともに、明治29年(1896)頃には四天王寺の「扇面法華経冊子」の模写(東京国立博物館)も行なっている。明治19年に購入された最初期の収蔵品の一つで、1889年のパリ万国博覧会にも出品された。昭和27年3月29日に重要文化財指定され、即日、国宝指定された珍しい事例である。
(土屋)
『国宝 東京国立博物館のすべて:東京国立博物館創立一五〇年記念 特別展』毎日新聞社他, 2022, p.277, no.6.