第6回文展に出品された2等賞を受賞した紫紅の出世作。それまでの歴史人物画、風俗画から一変して風景画に新境地を拓いた。中国の瀟湘八景を真似て琵琶湖畔の名勝八景を描いた近江八景は江戸時代にはすでに馴染みの画題となっている。紫紅の《近江八景》は、「比良暮雪」「堅田落雁」といった従来の観念にとらわれてはいない。
比良の景では、「暮雪」として雪景色に描くことはせずに、紫紅の場合青い夏空にもくもくと湧き上がる雲と陽光が溢れる群青の琵琶湖水を描いている。大正元年の7月から8月にかけて、実際に琵琶湖付近を旅して歩き、その折の印象とスケッチをもとに紫紅独自の夏景による八景を創り上げている。
伝統的な山水画の様式を脱して、西洋の印象派を思わすような点描法によりながら、新南画とよばれる明るく豪快な画風を展開している。当時の評を見ても黒田鵬心(くろだほうしん)が「これ等が後期印象派と云ふべきものであらう」とするどく指摘するように、当時盛んに紹介されていた西洋絵画の影響を色濃く受けていることは明らかである。なかにはスイスの印象派画家セガンチーニに関連づける記述もあり、興味深い。
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