かつて長谷川等伯の前名とされる「信春」の印が両隻に捺されていたが、東京国立博物館の所蔵となる前にそれらが除き去られ、現在印は無い。右隻を松の大樹に絡みつく藤が花を咲かせ、柳が若葉を風に揺らす春の景、左隻を紅葉の下に秋草が咲く秋の景として連続させ、山野の水辺に遊ぶ野馬とそれを捕らえる武人たちを描いている。
土坡のつらなりと水の流れによって視線を誘導し中央部に奥行きをもった一双構成がとられている。画面は素地で、様式化した土坡と水の流れを緑青や群青で描く。神経質ともいえる繊細な描線によって描かれたジグザグに屈曲する特徴的な樹木描写や、下向きに枝を伸ばす形態感覚は、等伯と改名した後の作品にも継承されている。
紺・緑・茶・赤・白の鮮やかな色彩を対比させた華やかな作風など、全体としては大和絵的であるが、着色の室町時代水墨画がその源泉にあったことも指摘できる。やや生硬な描写や幾分強引なモチーフの組み合わせは、等伯が「信春」と称した時期としても早い頃の制作と考えられ、近世初期風俗画の嚆矢に位置づけられている。
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