九条良経(1169~1206)が父・兼実にあてたもので、建仁3年(1203)、藤原俊成の九十の賀宴における和歌懐紙の書き方について問い合わせている。末尾の五行が兼実の返答で、俊成のようにすでに出家を遂げている人の場合、和歌の端書は「入道三品釈阿」というように記すのがよかろう、と述べている。少し縦長で筆力の充実した良経の書風は「後京極流」とよばれ、鎌倉時代に広く流行した。
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九条良経(1169~1206)が父・兼実にあてたもので、建仁3年(1203)、藤原俊成の九十の賀宴における和歌懐紙の書き方について問い合わせている。末尾の五行が兼実の返答で、俊成のようにすでに出家を遂げている人の場合、和歌の端書は「入道三品釈阿」というように記すのがよかろう、と述べている。少し縦長で筆力の充実した良経の書風は「後京極流」とよばれ、鎌倉時代に広く流行した。
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