建保2年(1214)の秋のころ、東北院の念仏会に参集した職人たちが、貴族にならって歌合をしたという設定で作られた歌合絵である。経師を判者に、左に医師、鍛冶、刀磨(とぎ)、巫女、海人、右に陰陽師、番匠、鋳物師、博打、賈人と、10人の職人が左右に分かれ、「月」と「恋」を題として、各職人が2首ずつ詠って競う五番の歌合が構成されている。
この五番本を増補したものとして十二番本があり、序と題は同じだが、職人が増加され、判詞がより詳細になり、背景描写も加えられている。この五番本では、人物は主として軽妙な墨線で描かれ、諸処に淡彩が施される。左右それぞれが向き合って坐するように描かれるのは、歌合絵の形式どおりである。五番本には、この他に高松宮家本とアメリカ・フリア美術館本があるが、曼殊院に伝来した東博本が最も古い作例である。巻末の奥書などから、花園天皇(1348没)の収蔵を経ているとの推測がなされ、成立は作風からも14世紀前半とみられる。