重要文化財銅釧鋳型どうくしろいがた

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  • (指定名称)銅釧鎔笵
  • 福岡市多田羅大牟田遺跡
  • 1点
  • 弥生時代
  • 九州国立博物館
  • YJ5

 弥生時代には、イモガイやゴホウラなど南海産の貝類を加工した腕輪(貝釧)が作られ、広く流通した。また、それらをモデルとして、青銅製の腕輪も生産された。これを銅釧という。
 弥生時代の銅釧には、六角形のものと、(楕)円形のものの2種があり、弥生時代中~後期に生産された。弥生時代中期ころに作られた初期の銅釧は、ゴホウラという大型の巻貝を縦切りにしてつくられた貝釧の形状をおおよそ踏襲しており、やや縦長の六角形状を呈し、片側に斜め上にのびる鍵状突起を持つ。一方、弥生時代後期ころに作られる銅釧は、全体の形状が円形に近づいていくが、片側の突起は依然としてつけられる。この鋳型に彫り込まれた銅釧の形状は、大略円形状を呈し、片側に突起を持つ。この特徴から、本資料は弥生時代後期のものと考えられる。
 本鋳型は石英長石斑岩製で、平たい立方体状を呈し、6面すべてを比較的丁寧に整形したもので、うち表面と裏面の2面に銅釧の型が彫られている。双方の彫り込みともにおおよそ同じ形状をしており、湯口も良好に遺存している。表面はほぼ完形で残されるが、裏面は一部が欠損する。四方の側面には、上面の彫りこみ型用と下面の彫りこみ型用にそれぞれ、対となる鋳型と正確に位置あわせをするための合印が刻まれている。また、四側面のうち一方にのみ、浅い溝が横方向に刻まれているが、このような溝は大型の青銅器(広形銅矛など)を鋳造するためにしばしば用いられる連結式鋳型を、ずれないように固定する紐などをかけるために施されたものと考えられており、本鋳型が別の器種を鋳造するためのより大型の鋳型を再利用して作られたものである可能性を示す。
 この鋳型は、福岡市東区多田羅付近の丘陵から、開墾中に不時発見されたものである。おなじく重要文化財に指定されている広形銅戈鋳型の出土地点とはごく近接した場所で発見されたと伝えられ、発見された時期も近い。福岡平野やその近辺からはあちこちで弥生時代中~後期の青銅器鋳型が出土しており、付近が弥生時代における青銅器生産の一大拠点であったことを物語る。

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