重要文化財石造浮彫三尊仏龕せきぞううきぼりさんぞんぶつがん

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  • 2面
  • 石造浮彫
  • 全高104.5
  • 唐時代
  • 九州国立博物館
  • C-2

宝慶寺石仏群とよばれる30余点の浮彫仏龕の1点で、唐代彫刻を代表する作品の一つ。宝慶寺は、中国・明時代の長安城の南門にあたる永寧門の近くにあった寺で、現在は本作品と一群をなす数点の龕像(がんぞう)を収めた磚塔(せんとう)(レンガ積みの塔)が残るのみである。宝慶寺の仏殿内に安置されていたこれらの作品群は、もともと唐の長安城の大明宮のすぐ南に位置する光宅坊に造営された光宅寺の七宝台に安置されていたものであることが、本作品を含む数点の作品に残る銘文から知られる。また、長安3~4年(703~4)、開元12年(724)の年記があり、8世紀前半の制作にかかることがわかる。
 光宅寺は、儀鳳2年(677)に同地から仏舎利が発見されたという奇跡を記念して建てられた寺で、中国で唯一の女帝となった武則天(ぶそくてん)(在位690~705年)は、ここに七宝台を建造し、石仏群はその荘厳に用いられた。
本作品も宝慶寺石仏群の1つで、如来坐像を中尊とする三尊形式の作例。宝慶寺石仏群は、三尊形式と独尊形式の大きく2つに分類できる。三尊形式の作例は、中尊が降魔印を結ぶ如来坐像、施無畏印を結ぶ如来坐像、施無畏印を結んで倚坐する如来像に分けられ、独尊像としては十一面観音菩薩立像がある。銘記によって、三尊像のうち施無畏印を結ぶ如来坐像は阿弥陀如来、施無畏印を結ぶ倚坐像は弥勒如来を意図して制作されたらしいことがわかる。降魔印を結ぶ坐像については、宝冠をつける作例や、台座の形式に須弥座と蓮華座の2種があるなどのヴァリエーションがみられるが、これらは当時インドで流行していた釈迦如来像の姿を元にしたとも考えられる。
 本作品は、中尊が右手施無畏印、左手を膝上におき、八角の框座上に二重円相光背を負って結跏趺坐(けっかふざ)する。左脇侍は中尊に向かって合掌し、右脇侍は右手に水瓶をとって蓮台上(右脇侍側は欠損)に立つ。三尊それぞれに天蓋をかけるが、両脇侍は下方から伸びた茎の先についた開敷蓮華(かいふれんげ)を天蓋(てんがい)としている点が特異であり、こうした意匠は他の宝慶寺像には例をみない。
 像の下側の長方形区画に刻出された銘文は、馮鳳翼、莫順之といった内官の名前がずらりと並び、本像が複数の人物によって奉献されたことがわかる。

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