虚空蔵菩薩は密教で用いられるもので、空海が体系的な密教を中国からもたらす前の奈良時代から、記憶力を増進させる求聞持法の本尊として信仰されていた。本作品に見られる、白い大きな円形(月輪)中の蓮華の上に金色の姿で坐し、右手は五本の指を垂れて掌を外に向け、左手は火炎宝珠の載った紅蓮華を持って、頭光と身光から三条ずつの筋光を放つ姿は、まさに求聞持法の本尊として用いられた姿である。
本作品は、切れのある眼、引き締まった張りのある体躯、激しく翻る天衣や冠繒、装飾過剰で重厚さも感じさせる蓮弁の描写、やや暗い色調ながら鮮やかな色彩対比をなしている青・緑・赤を主とした彩色など、13世紀、鎌倉時代の特徴を遺憾なく発揮した精緻な優品として知られる。なお、画面下方に描かれた山岳風景は伊勢の朝熊山といわれる。日本に求聞持法をひろめた大安寺の道慈から数えて四代目にその法を伝えられた空海は、朝熊山の金剛証寺において同法を修したといわれ、本作品はそうした伝承に絡んで制作された、朝熊山権現の本地仏を表した垂迹画としての性格も持った画像であるといえる。
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